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2021年06月18日

本の時間「スパイとかエージェントとか」

娯楽の映画としてはスパイものが一番好きかもしれない。マットデイモン主演の、いわゆる「ボーン」シリーズは大のお気に入りだった。
暗殺の任務に失敗して記憶を失ったCIA暗殺者の主人公ジェイソンボーン。証拠隠滅を図る当局は彼を抹殺しようとする。その刺客たちと逃走するボーンの追跡劇が始まる。色々あるが接近戦でのアクションが秀逸だと思う。第2作以降は、徐々に記憶を取り戻し、真実を追求する旅が展開されるのだが、ハリウッド映画らしく世界各地を巡るロードムービーのような美しさもある。
ありえない、とは思いながら、何となくリアリティーを感じる作風は、昔の007シリーズなどとは大きく違う。初代のショーンコネリーはカッコよかったし、改造車とかスパイグッズも楽しかったのだが、比べると何かと軽いのは間違いないかな(笑)。当時はリアリティーが薄くても荒唐無稽な方が安心して楽しめたのだが、いまの時代はそんなことを望んでいないかもしれない。

すこし前だが、なぜか観たくなって、ようやく行った映画がある。A瀬はるかとN島秀俊の「奥さまは取り扱い注意」だ(笑)。日テレのドラマシリーズの映画版なのだが、妙に興味を持っていた。ボーンシリーズと同時期に公開された「Mr.&Mrs.スミス」が面白くて、暗殺者の夫婦(アンジーとブラピ)の顛末に、このドラマの二人を重ねている視聴者は多いと思う。たぶん、あの無茶苦茶ぶっぱなすアクションが印象的なのだ。
ストーリーをここで書くわけにはいかないが、主演の二人のアクションや掛け合いはあいかわらず楽しい。面白いもので「役者」さんを見るとき、彼らの過去の作品での演技などを思い出したりする。A瀬はるかの場合は、単槍の使い手の用心棒バルサのアクションシーンを思い出すし、N島秀俊の場合は(僕だけだろうが)MOZUに登場する公安刑事の倉木が印象深くて、勝手にシンクロさせている(笑)。

さて前置きが長くなってしまった。原稿のタイトルどおり「本の時間」を始めよう。今回紹介するのは、O沢在昌の「俺はエージェント」という一冊だ。本のタイトルとか表紙のイラストの印象からすると「軽い一冊」のようなスパイものを想像してしまう。表紙の帯広告には「007になりたかった俺と時代遅れの老兵たちの・・・」とあるくらいだから、彼の作品で言えば「アルバイト探偵」シリーズみたいな感じだろうか。
そんなノリで読み始めた。書き出しの舞台は、シャッター商店街に残る小さな居酒屋で、「俺」という青年がビールを注文するところから始まる。外国スパイが暗躍するハードボイルドとは訳が違う設定だ。でも、さすがはO沢在昌だ。こんな、とぼけたような冒頭から、ハナシは意表をついて進み、疾走感あふれる展開で、読者を作品の世界に、どんどん引き込んでいく。とにかく面白い。なので珍しく一気読みしてしまった。

工作員とか暗殺者とかスイーパーとか、様々なキャラクターが、そんな映画や、こんな小説にはたくさん出てくるのだが、この作品に出てくる「こちら側の人」は、みんな70歳以上の老人ばかりで、少し「時代遅れ感」みたいな哀愁や、妙な近親感を感じたりする。こちら側とあちら側の論理は、単純に言えば善と悪で描かれるのが普通だろうが、この作品の世界観は面倒くさくて、東西冷戦時代の構図やその後のスパイたちの役割や、新しい世界秩序のハナシにまで広がっていく(笑)。ネタバレはまずいから、これくらいにしよう。まぁ、とにかく楽しいハードボイルド作品だ。気分転換におすすめしたい。
ちなみに、本作の最後の解説に、N木厚子さんが原稿を寄せている。元厚生労働省の事務次官で、検察側の資料改ざんなどによって罪に問われた、あの冤罪事件の当事者だ。その彼女の解説原稿が、読みごたえがあって面白いのだ。もちろんO沢作品のファンとして引き受けたのは間違いないが、本作を読むと別の理由も想像したりする。そんなところも面白い。

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