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2022年05月27日

へそ曲がりが選ぶ蕎麦屋

旨い蕎麦の店を教えろ、と問われると、答えようがなくて、いつも困っている。旨い、というのは個人の嗜好のことだから、そんな時はいつも、お茶を濁した回答になる(笑)。そもそも「へそ曲がり」な僕が、良いとか、旨いと思う店が万人に受けるはずがない。
そんな僕のことを良く知る人は、「お前はその蕎麦屋で何を食べるの?」と尋ねてくれる。そうしてくれれば、気にせず正直に回答できることになる。まぁ僕の場合は蕎麦に限らず「〇〇という店に行くなら〇〇を食べる」と答えることになると思う。
蕎麦屋だけでなく、どんなに高額の素晴らしいレストランだって、すべてが完璧なはずがない。ダメなものはダメだし、100点満点などというやつには、なかなか巡り合えないものだ。ましてや、食べ物以外の要素、つまりロケーションとか、内装などの「しつらい」つまり美意識や雰囲気も大事だし、何より従業員の接客は大事で、それは「旨い」に直結する評価ポイントなのは間違いない、そう思う。
そうは思うのだが、実際に僕が気に入ってしまう店は、いつも大事などれかが欠けている。まぁ、選ぶ僕が、へそ曲がりだからだと思う。今回書くのは「手取川Tやぶ」という蕎麦屋のことだ。へそ曲がりな僕が選ぶから、どこか個性的な店なのは間違いない。かつてこの編集後記で書いたことがあるのだが、行った人の評価は見事に賛否両論だ。だからおすすめしなくなった。まぁ確かに「バッテン」がたくさんある店と言われるのかもしれない。でも不思議なことに石川県の蕎麦ランキングでは今でも堂々の2位なんだけどね(笑)。

僕が、この蕎麦屋に行くなら、天せいろ蕎麦を注文する。フツーの天ぷら盛り合わせではない。ここの天ぷらの特徴は「才巻海老のかき揚げ」だ。もちろん蕎麦も旨いのだが、旨いだけのそんな店は他にもたくさんある。辰口あたり(町名は知らない)の古い在所(ざいしょ)にあって、民家の並びにあるから蕎麦屋っぽくもない。人気が出てからは、店の前の駐車スペースはいつも満車で、なかなか入れなくなってしまった。
店内の内装の一部やイステーブルなどの調度品にはちょっとした違和感がある。いわゆる店主の美意識が、そうさせているんだと思う。実は、れっきとした蕎麦の名声店の暖簾分けの店なのだ。そう考えると、この違和感にも説得力がある(笑)。
テーブルに座ると、一人ごとに「お盆」がセットされる。明らかに職人が手間暇かけて作った立派なお盆だ。テーブルは表面を手斧削り(ちょうなけずり)で仕上げた独特のもので、このお盆がよく映える。しばらくすると薬味の小皿と大ぶりの取り茶碗が運ばれ、お盆の中の「所定の位置」にキチンと置かれる。
次に、熱いので気を付けて下さい、と言いながら熱々のつけダレ(小さな銅製のポットに入っている)が、これも所定の守備位置に配される。この銅製のポットも手作りのクラフト品だろう。おそらく、温度や道具、食器の位置、蕎麦に関わるそんなことには極めて神経質なんだと思う。で、いよいよ蕎麦とかき揚げが登場する。きたきた、ついに戦闘開始だ。まぁ、僕にとっては絶品なので、上手な味の表現が出てこない。まぁ黙々と食べるだけだ(笑)。

長いゴールデンウイークの終わり頃のことだ。今日は「藤の花」でも観に行こう、と気軽な近隣ドライブに出かけた。1か所目の松任グリーンパークは失敗したが、2か所目の吉岡園地(河内谷あたり)はそれなりに美しい藤棚で、アタリだった。さっそく公式LINEに投稿した。天気もよくて、ドライブ日和というやつだし、山の緑がぐっと濃くなっていて気持ちよかった。帰ったら庭で焚火でもしようか、なとというハナシになり、その足で辰口の「ガリビエ」までソーセージを買いに行くことにした。わが家の焚火には、ここのソーセージとビールが欠かせない。
鶴来から辰口へ向かう道すがら、カーナビを無視してこの道を直進すれば、あの蕎麦屋(Tやぶ)があると急に思いついた。時刻は昼過ぎだから、おそらく入れないはずなのだが「何となく」行ってみることにした。そしたらなんと、駐車場に入れたのだ(笑)。でも何か変だ。そうだ、暖簾が出ていないし「商い中」の看板もない。もう終了か?と思いながら中に入ると、レジが混んでいて案内されない。でも営業中らしい。なんと夫婦二人だけで対応しているようだ。要するに、ひどく混乱した営業だったんだろう。

おそらく3~4年ぶりの来店だった。でも、ぶっきらぼうに席に案内され、違和感ある調度品やあの立派なお盆を見ながら、過去の小さな記憶を思い出していった。そういえば、いつも不愛想でバタバタなのだ(笑)。先に書いた「お盆の上の食器の守備位置」は、いつものまま、神経質に守られている。取り茶碗には三つ葉と柚子が仕込んであって、そこに熱々のつけダレを注ぐと、素晴らしい香りがたつ。そこに冷たく締めた蕎麦をつけて口に運ぶのだ。関東風だから、つけダレは少なめにつける方がいい。
この日、僕はこの「熱々のつけダレ」のポット容器で「指先」を火傷した。で、これも思い出した。かつても同じように火傷したことがある。そんな指先の水ぶくれは無視して旨い蕎麦を何度も続けて味わった。いよいよメインの「かき揚げ」だ。人間の「こぶし」のような形と大きさで、表面は見るからにカリカリに揚がっている。箸でうまく割れないほどしっかりした衣なのだが、割ると才巻海老がゴロゴロ出てくる、要するに表面はカリッとしているが、中はトロリとしていて、海老の火入れが抜群なのだ。
で、大きな口を開けて、このかき揚げを頬張る。旨い、と言う前に「熱っ」と叫ぶことになった。これが想像を超えるほど熱くて、口の中を火傷してしまったのだ(笑)。そうだった、思い出した、またやったのだ。この店のポットとかき揚げで、指や口の中を火傷したのは何回目なんだろう。いつもそんな失敗をしてきた。

まぁ、何度失敗しようが、火傷を繰り返そうが、ここへ来たら、また天せいろを頼むのだと思う。この驚くような「熱さ」はご主人にとって譲れない条件なんだと思う。だから次回のために火傷のことは覚えておこうと反省はしている(笑)。
その帰り道、予定通りガリビエでソーセージを買った。いつもの「賞味期限は本日限り」の生ソーセージだ。焦がさないように、フライパンで転がしながら、ゆっくり焼いて下さい。そんな店の奥さんの教えを守れば、めちゃ旨いソーセージができ上がる。もちろん焼きたてのソーセージも、火傷には要注意だ。でも火傷しながら熱々を食べるのは、へそ曲がりじゃなくて、ただの「おっちょこちょい」とか「物忘れが激しいやつ」と云うんだよね、きっと。

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